2013年1月20日

埋もれた画家 カルマコフについて

















Leda and the Swan - 1917


2013年の最初の投稿はニコライ・カルマコフという画家について。

いつものようにTumblrで見つけたアーティストだが、今回は大ネタ(のつもり)なので、いつもより拡張して記したい。

何がどう大ネタかというと、今回の作家は約100年前の人物であるにも関わらす、検索しても日本語の情報が全然出てこないのだ。
近年の作家であればそれも納得できるが、100年経っても対象化されていないというのは、実に不思議。
もちろんネット情報だけが全てではないので、書物の中に登場したことはあるかもしれないけれど、作品のインパクトから考えると過小評価なのではないかと思う。

日本のサイトとは対照的に海外サイトの情報は豊富なので、それを元に書いてみたいと思う。


トップに掲載した作品は、僕が初めて見たカルマコフの作品だ。
この一枚では、今の作家なのか昔の作家なのか判断しかねたが、とりあえず作風が気に入った。
顔を隠した人物というミステリアスなモチーフは好みだし、ビビッドな色使いもいい。
どういう訳で顔を隠しているのかは分からないが、物語性を感じさせる。
そして裸体の肉付きがやけにムッチリとして艶がある…(笑)

他の作品も探して見ると、神話的、魔術的な題材がドギツイ色彩で繰り広げられており、物によってはかなりグロテスクだ。
これは只者ではなさそう…。

というわけで、彼の大まかなバイオグラフィーと作品を覗いてみよう。


ニコライ・カルマコフ(Nicholas Kalmakoff) は1873年にイタリアのNerviという所で生まれているが、父親はロシア人だ。

1908年から1913年の間はロシアの都市サンクトペテルブルクに住み、この期間にロシアの美術雑誌「芸術世界(ミール・イスクーストヴァ)」に参加する。
この雑誌は、舞踊団で有名なディアギレフが編集に携わった有名な雑誌で、この時点で美術史との接点が見られる。(注1)

そのディアギレフ舞踊団の公演なのかどうかはわからないが、多分そういった流れで、舞台のデザイン【1】を多数手がけた。
1908年にはオスカー・ワイルドの「サロメ」の衣装デザイン【2】もしているが、性的表現が行きすぎたせいで抑圧を受ける。


Stage Design:The Serpentine Crypt - c 1910 【1】





















Costume Design:Salome - 1908
【2】


先の舞台や衣裳のデザインにも表れている怪しい雰囲気がさらに濃厚になった作品群。【3】【4】



Woman, Buddha and Monster - 1921 【3】


Satan - 1923 【4】



奇妙な自画像もいくつか制作している。
「洗礼者ヨハネに擬した自画像」【5】はヨハネに成りきるというぶっ飛んだ発想(注2)。
しかし、カルマコフ本人の写真【7】と見比べても本作の自画像はあまり似ていないし、なにやら異常にナルシスティックだ。
泉を覗き込むナルキッソスの絵【6】は僕の気に入っている一枚だが、これもどうやら自画像のようで、他にもルイ14世になったりと、奇妙なシチュエーションに入り込んだ自画像を残している。


Self Portrait as John the Baptist - 1921 【5】




Narcissus - 1922 【6】


AT GALERIE CHARPENTIER, PARIS 1928 【7】


サンクトペテルブルクの後、様々な土地を転々として、1925年にはパリに落ち着く。
パリではオカルト結社の集会に頻繁に参加していたようだ。
ますますヤバそうな雰囲気…、どんな儀式をしていたのだろうか?
パリ移住後の作品【8】は比較的明るい色彩だがやはり神話的、獣のように眼が光った裸女の群れ【9】は一度見たら忘れられないくらいのインパクト。

Astarte - 1926 【8】


The Women’s Den - 1940 【9】


カルマコフは1955年に死去。

画集を入手するのは難しそうだが、1986年にMusée-galerie de la Seitaで行われた展覧会のカタログ【10】が存在する。

それにしても、日本には美術史の研究をしてる人がたくさんいるはずなのに、自分のような語学もできない馬の骨がこんな記事を書いているのだから、ネット時代って不思議だ。

発見を一緒に楽しんでくれた友人に感謝!















KALMAKOFF l'Ange de l'Abîme 1873 - 1955 【10】




注1)雑誌「芸術世界(ミール・イスクーストヴァ)」は1899年創刊。ビアズレー、モネをはじめとする西欧の新しい美術や、ロシアの前衛画家の作品、さらに安藤広重や葛飾北斎にいたる幅広い芸術を紹介し、ロシアの文化人に多大な影響を与えた。

注2)ヨハネは新約聖書では男性的に記述されているのに、絵画ではなぜか女性的に描かれることが多いらしい。本作の丸みを帯びた身体もいかにも女性的。